大地 恒一郎

2000万円問題報告書『ナナメ読み』(番外編~財政検証編~)

これまで3回にわたり、金融庁金融審議会の報告書である「高齢社会における資産形成・管理」の「目次」、「はじめに」、「おわりに」の部分を見てきました。

今回は番外編として、本年8月27日に厚生労働省が公表した「将来の公的年金の財政見通し」(財政検証)(以下、「財政検証」と呼びます)を「ナナメ読み」してみたいと思います。この財政検証は、年金と老後という観点では、2000万円問題報告書が提起した論点とも関係してくるので、財政検証では何が言いたいのかを確認したいと思います。少し難しいかもしれませんが、お付き合いください。

 財政検証とは

この財政検証は、2004年の小泉内閣による年金制度改正時に、長期的な年金財政の定期健康診断として導入され、以来5年ごとに行われているもので、今回で3回目です。「現時点で得られる人口や経済等に関するデータを将来の年金財政に投影する作業」(「第8回社会保障審議会年金部会」議事録より)といえます。

そもそも我が国の公的年金は、現役世代の負担する年金保険料で、高齢世代が受け取る年金給付額を賄う方式、「賦課方式」と呼ばれる仕組みで成り立っています。この仕組みを維持していくためには、物価変動や人口変動などを考慮しながら、現役世代の負担と高齢世代の給付額(受取額)のバランスを図っていくことが重要となってきます。

そこで、5年に一度、各種実績データや推計データをもとに、年金の財政、つまり現役世代の負担(収入)と高齢世代の給付(支出)の関係を検証し、制度が長く続くように必要に応じて見直しをしていこうとしているのです。今回の財政検証では、6つの経済前提を置いて、ケース毎に年金の給付水準が変化する試算が明示されています。そして、それぞれのケースで所得代替率というものを計算しています。

この所得代替率とは、公的年金の給付水準を示す指標とされていて、現役男子の平均手取り収入額に対する、夫婦二人というモデル高齢世代の年金受給額の比率により表されます(ただし、年金受給額は手取り額ではないので、手取り額同士で比較するとその率はもう少し低くなります)。国は、この所得代替率の50%を意識していて、5年後までに50%を下回ると見込まれた場合は、給付及び負担の在り方について検討を行い、所要の措置を講ずることとしています。

さて、6つのケースについては、その経済前提の置き方に対し、経済成長率の前提が甘すぎるとか、厳しすぎるとか、賛否があるようです。その是非はともかく、どのような違いが出てくるのか、わかりやすく、今から31年後の2050年度で比較してみると、経済が順調なケースでは所得代替率は現在の61.7%から51.9%に、最も厳しいケースでは46.9%となっています。

国が年金制度の見直しの前提にしている所得代替率は50%ですので、シナリオ別に試算してみることにはそれなりの意味はあるのだと思います。ただ、いずれのケースでも、5年後の2024年度の所得代替率は、夫々60.9%~60.0%と見込まれていますので、今すぐ給付と負担の在り方について検討を行うとされている50%を下回ることはありません。

しかし経済前提そのものが5年前のものと違っているように、今後様々な要素が絡み合って、経済成長率や実質賃金上昇率などの実際の数値は予測通りにはいかないことが想定されます。すると所得代替率も想定とは違ってくることになるでしょう。そういう意味で、この部分は、次のオプション試算につなげるための前振りのような印象を受けてしまいました。

 

オプション試算

個人的により重要だと思うのは、このオプション試算であると考えています。それを紐解く前に、少し寄り道をします。

今回の財政検証の公表は、8月でしたが、約半年前の3月には「第8回社会保障審議会年金部会」が開催されていて、そこで「2019年財政検証について」とその前提となる「年金財政における経済前提について」が「報告事項」として議事に挙がっていました。

この第8回年金部会の「議事録」は既に公表されているので、それを見てみると、今回の財政検証で示されているオプション試算について、次のように説明されています。

「続きまして、制度改正の検討のためのオプションについてでございます。2014年財政検証、5年前の財政検証では、社会保障制度改革国民会議の報告書におきまして、財政検証に関して、単に現行制度の財政の現況と見通しを示すだけではなく、報告書に提示された年金制度の課題の検討に資するようなオプション試算を行うべきとされたところでございます。このオプション試算については、年金部会等で改革の必要性や効果についての共通認識を形成する上で非常に重要な役割を果たしたものと評価されておりますので、今回の財政検証に当たりましても、この年金部会での御議論を踏まえて、一定の制度改正を仮定したオプション試算を行うということでございます。」(議事録より抜粋、下線は筆者)

これにより今年3月の時点で、今回の財政検証において実施したオプション試算は、「年金制度の課題の検討に資するもの」、「年金制度改正を仮定したもの」と考えられていたということが判ります。

また、議事録の中で引用されている、平成25年8月の社会保障制度改革国民会議の報告書には、年金分野の改革の課題としては、①マクロ経済スライドの見直し、②短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、③高齢期の就労と年金受給の在り方、④高所得者の年金給付の見直し、が挙げられています。

以上のことから、今回の財政検証におけるオプション試算は、6年前の課題認識を引継ぎ、今後の年金制度改正の方向性としての道筋をある程度示しているのではないかと考えています。

そこで、今回のオプション試算を見てみましょう。

オプションAでは被用者保険の更なる適用拡大として、加入者拡大による所得代替率が試算され、「被用者保険の適用拡大」が年金の給付水準を確保する上でプラス(特に、基礎年金にプラス)であることを確認、という試算結果が示されています。

また、オプションBでは保険料拠出期間の延長と受給開始時期の選択として、同様に所得代替率が試算されています。そして、「保険料の拠出期間の延長」といった制度改正や「受給開始時期の繰下げ選択」が年金の給付水準を確保する上でプラスであることを確認、という試算結果が示されています。

特に、前回の財政検証では、基礎年金部分の所得代替率低下への対応ということが意識されていたことから、この部分の所得代替率が改善している点は注目すべき点ではないかと思います。

今、考えるべきこと

つまり、今回の財政検証で伝えたかったのは、今後検討すべき制度改正の方向性として検討課題とされてきた部分について、オプション試算により、年金の給付水準を確保する上でプラスであることを示したということが言えるでしょう。

今回の6つのケース、いずれのケースでも5年後の2024年度の所得代替率は、給付と負担の在り方について検討を行うとされている50%を下回ることはありませんでした。しかし、年金制度改革は相当な時間をかけて議論するものであり、国民の理解を得ながら進めていく性質のものなので、具体的な方向性を早めに提示していく必要があるということだと思います。そういう意味で、今回のオプション試算についてはしっかりと確認しておきたいところです。

そして、今後想定される、所得代替率の低下、短時間労働者の厚生年金加入の適用拡大、保険料の拠出期間の延長、給付開始時期の繰下げなどは、私たちの生活にも大きな影響を与えてくるものと思われます。そんな私たちが今できることは、一人ひとりが老後の生活を見据えて、公的年金という「公助」だけに頼るのではなく、「自分ごと」として資産形成という「自助」について考え、行動に移してていくことだと思います。

国は税制優遇のある確定拠出年金やつみたてNISAなどの制度を導入して、資産形成の後押しをしています。ファイナンシャルプランナーに求められる役割は、そういう制度を地道に紹介しながら、一人ひとり違う資産形成の方法をどのようにデザインしていけばよいか、そのお手伝いをすることだと考えています。