企業型DCビジネス十年目の決議・第2回「選択制編」
前回は、企業型DCの導入支援に取り組んできた10年の歩みを書きました。今回は、導入をお任せいただいた企業や社員さんとの関わりを通じて、私たちが提案と導入後の支援をどのように見直してきたかをお伝えします。
二十名の会社で、加入者はゼロだった
選択制一本の提案の初期、従業員20名ほどの会社に選択制DCを導入したことがあります。導入説明会を社員さんに向けて数回開催し、その都度、8人くらいの社員さんが出席してくださいました。
結果、選択制を使って掛金を拠出した社員さんは、ゼロでした。
説明は届いていたと思います。説明会に出席いただいたわけですから、資産運用に興味がないわけではなかったと思います。それでも、ゼロでした。このとき私が悟ったのは、いかに優れた制度であっても、社員さんが「やらざるを得ない」という強制力を担保にしないかぎり、制度を社員一人ひとりに届けるのは無理だ、ということです。本人に「選ばせる」方式は、選ばないという選択の前に、無力でした。
会社拠出を前提に、選択制を乗せる
そこで私たちは、会社拠出に選択制を組み合わせる、いわゆるA+B方式を提案の基本にしました。会社に掛金をご負担いただくことで、社員さんは、ご自身の給与から掛金を出すかどうかにかかわらず、老後に向けた積み立てを始められます。社員さんの積み立てを会社として支えていただけないか、経営者の方にご相談するようになりました。
A+B方式がはじめて実現したのは、社長が「社員の福利厚生の充実を図りたい」という明確な意図をもっていた会社でした。印象的だったのは財源の話です。計画的に進めた省エネ設備の影響で光熱費が削減でき、その分を会社拠出に回す、とおっしゃいました。選択制一本の時代の大前提は「会社に財源がないから、社員の給与から切り出す」でした。ところがこの社長は、財源をつくってから導入したのです。
また、この会社では、社員さん一人ひとりと直接お話しする個別面談も実現しました。私たちは導入事業所さまに、就業時間内に、年に1回、全社員を対象として一人15分の個別面談の時間を設けていただくようお願いしています。全体の説明会だけでは伺いきれない疑問や不安をお聞きし、ご自身の掛金をどのように運用するかを考えていただくための時間です。
加入100%の次に立つ壁
会社拠出が導入されたということは、社員は100%確定拠出年金の加入者になります。そこで次に問われるのが、運用です。元本確保型(定期預金や貯蓄型保険)を採用する社員と、元本保証のない元本変動型(投資信託)を選ぶ社員との割合です。
この問いには、国の統計が答えをくれています。企業型DCの加入者のうち、元本確保型のみで運用している人の割合は24.2%(2024年3月末時点)——4人に1人が、定期預金と貯蓄保険だけで、生涯の資産形成をしているのです。加入させただけでは、資産形成にはなりません。
積める人にしか積めない制度
さらに、選択制には構造的な壁があります。会社拠出で「加入」は全員に届いても、掛金を増やせる人と、増やせない人がいるからです。
選択制の掛金は、給与から切り出します。しかし切り出した分は賃金に含まれないため、切り出しすぎると最低賃金を下回ってしまいます。切り出せる額は、賃金の低い人ほど小さい。そして最低賃金は毎年10月に上がりますから、同じ設計でも、切り出せる枠は毎年少しずつ縮みます。実務でも、この対策として「規約で拠出できる掛金の上限を抑える」ことが挙げられてきました。
ただし、この守りの設計には別の代償があります。規約の上限を低くすると、賃金に余裕のある社員まで、その上限で止まってしまうのです。上限を上げれば最低賃金を割る社員が出て、下げれば全員が積めない。選択制一本の設計は、この板挟みから出られません。
さらに、もう一つの壁があります。企業型DCの加入者は、厚生年金被保険者に限られるのです。つまり、週の勤務時間が短いパート・アルバイトの方は、会社拠出を導入しても、そもそも加入者になれません。「会社拠出で加入は100%」とは、「厚生年金被保険者の100%」のことであって、全社員100%ではないのです。
最低賃金の壁にも、加入資格の壁にも当たる人に、掛金を増やす選択肢は届きません。加入者になっても、積めない。選択制の提案は、ここに限界を抱えていました。
15分で、運用は変わる
この課題に対する私たちの答えが、個別面談です。導入事業所さまには、就業時間内に全社員へ、年に1回、15分の個別面談を実施させてください、とお願いしています。
その結果が、この数字です。個別面談を実施いただいた会社では、元本変動型の投資信託を選択される割合が、面談のたびに徐々に上昇し、現在ではほぼ100%になっています。初回の面談からすぐに、ではなく、面談を重ねるごとに、です。
これは一般論ではなく、面談を実施してくださった事業所での実績です。説明会を開催するだけでは十分でなかった経験と、個別面談を重ねる中で社員さんの選択が変わってきた経験から、私たちは継続的な対話の大切さを学びました。制度を説明して終わるのではなく、一人ひとりの疑問や不安を伺い、ご自身で運用を考えられるよう支援を続けることが、私たちの仕事だと考えています。
デフォルトと対話
こうした経験を通じて、私たちが大切にするようになったことが二つあります。一つは、会社にも掛金をご負担いただき、社員さんの老後に向けた積み立てを支えていただくことです。もう一つは、導入後も年に1回、15分の個別面談で社員さんの疑問や不安を伺い、ご自身に合った運用を考えるお手伝いを続けることです。どちらも、経営者の方や社員さんのご協力があってこそ続けられる取り組みです。
会社拠出によって、社員さんには老後に向けた積立金が毎月積み上がります。さらに、個別面談を重ねることで、ご自身が選んでいる運用商品や、値動きによって損失が出る可能性を理解し、運用を続けるか、見直すかを自分で判断できるようになっていただきたいと考えています。老後のための資金と、その資金を自分で管理していくための知識を、社員さん一人ひとりに持っていただく。それが、私たちの掲げる「中小企業の従業員にも、大企業並みの老後の安心を提供する。」という理念の目指すところです。
この考え方は、2026年4月の改正で、新しい武器を手に入れます。マッチング拠出の制限撤廃です。前回書いたとおり、この制限のせいで、会社拠出が少額の中小企業では、マッチング拠出は提案の選択肢になり得ませんでした。撤廃されたいま、この制限の中で積めなかった社員さんに、法定の枠組みの上で積んでもらう道が開きます。最賃を毀損せず、社員が自分の掛金を上乗せできる道です。
つぎの最終回では、私たちがマッチング拠出を正面に据えて提案する、と決めた理由を書きます。
(第3回「決意編」に続く)