ご相談者様データ
(お名前)佐藤 健一さん(仮名)60代
(職業)会社員
(家族構成)母85歳
父は他界
相談者は一人っ子
相談しようと思ったきっかけ
85歳の母が高齢者施設で暮らしています。
施設に入居するときには一時金として500万円ほど支払い、現在は毎月25万円程度の費用がかかっています。
母の年金だけでは月10万円ほど足りないため、不足分は母の預貯金を取り崩しています。
今のところ支払いに困っているわけではありませんが、この生活が長く続いたらどうなるのだろうと心配になってきました。
仮に母が100歳まで生きるとすると、あと15年あります。毎月10万円ずつ預貯金を取り崩せば、
10万円×12か月×15年=1,800万円
が必要になります。
さらに今後、介護度が上がれば介護サービスの自己負担や医療費などが増えるかもしれません。このままでは、母の預貯金が底をついてしまう可能性もあります。
一方、母には、施設に入るまで暮らしていた自宅があります。
母は「この家はあなたに残してあげたい」と言ってくれていますが、私はすでに自分の家を持っていますし、相続人も私一人です。
それなら、実家を売却して、そのお金を母自身のこれからの暮らしのために使った方がよいのではないかと思っています。
ただ、家は母名義です。
母は認知症ではありませんし、施設内で日常生活を送ることに大きな問題はありません。しかし、年齢なりに理解力が落ちてきたことを本人も気にしています。
不動産会社とのやりとりや契約など、難しい手続きを母自身にしてもらうのは負担が大きいのではないかと思います。
かといって、母名義の家を私が勝手に売ることはできません。
母が元気なうちに、実家を母自身のこれからの生活のために使えるようにしておく方法はないでしょうか。
「相続で残す」だけが親の財産の使い方ではない
お母さまが「家を息子に残してあげたい」と考えていらっしゃるのは、とても自然な親心でしょう。
けれども、息子さんはすでにご自宅をお持ちで、相続人も息子さん一人です。
それよりも、
「母が長生きしても、お金の心配をせず安心して暮らせるようにしてあげたい」
というのが、息子さんの希望でした。
そこでまず、お母さまの今後の収支を整理してみました。
現在の施設費等が月25万円程度、年金収入との差額が月10万円程度だとすると、年間の不足額は約120万円です。
仮に現在85歳のお母さまが100歳まで暮らすとすれば、単純計算でも1,800万円の取り崩しになります。
もちろん、実際の費用がずっと同じとは限りません。介護度や健康状態が変われば支出が増えることもありますし、施設を住み替える可能性もあります。
大切なのは、「今払えているから大丈夫」と考えるのではなく、今後どのくらいのお金が必要になる可能性があるのかを早めに確認しておくことです。
そして預貯金だけでは十分ではない可能性があるのであれば、自宅も含めたお母さまの財産全体で、これからの暮らしを支える方法を考えていきます。
自宅は「将来、子どもが相続する財産」であると同時に、今を生きているお母さま自身の財産です。
お母さまが安心して暮らすために活用することも、選択肢のひとつなのです。
母名義の実家を、息子が勝手に売ることはできない
では、「必要になったら息子さんが実家を売ればいい」と考えればよいのでしょうか。
そう簡単ではありません。
実家はお母さま名義の財産ですから、基本的にはお母さま自身が売買契約を行います。息子だからといって、自分の判断だけで母名義の不動産を売却することはできません。
現在のお母さまは認知症ではなく、ご自身の意思も伝えられます。
一方で、高齢になれば、複雑な契約の内容を理解したり、たくさんの書類を確認したりすることが負担になってくることもあります。
さらに将来、認知症などによって判断能力が十分でなくなれば、ご本人による不動産の売却が難しくなる可能性があります。
「そのときになったら考えよう」では、希望していた方法が取れなくなることもあるのです。
だからこそ、お母さま自身が今後の財産の使い方について意思を示すことができる今、準備しておくことに意味があります。
今は法定後見を申し立てる段階ではない
認知症などで判断能力が十分ではなくなった方を支援する仕組みとして、成年後見制度があります。
そのうち「法定後見」は、すでに本人の判断能力が十分でなくなった場合に、家庭裁判所が成年後見人等を選任し、財産管理や契約などを支援する制度です。
今回のお母さまは、ご自身の意思を伝えることができ、今後の財産の使い方についても息子さんと話し合える状態です。
そのため、現時点では法定後見を申し立てるというよりも、今のうちに、将来に備えてどのような仕組みを作っておくかを考える段階といえるでしょう。
そこで今回、選択肢のひとつとして考えられるのが「家族信託」です。
実家を母のために使う仕組みとして「家族信託」を考える
家族信託という言葉を聞くと、難しい制度のように感じるかもしれません。
今回のケースでは、例えば次のように考えるとイメージしやすいでしょう。
お母さまが、
「この家の管理を息子に任せます。将来必要になったら売却し、そのお金を私の施設費や生活費のために使ってください」
という内容の信託契約を息子さんと結びます。
この場合、
財産を託すお母さまが「委託者」
財産の管理を任される息子さんが「受託者」
その財産から利益を受けるお母さまが「受益者」
となります。
ここで大切なのは、家を息子さんに「贈与する」のとは違うということです。
息子さんは自分のために自由に家を使えるようになるのではなく、契約で決めた目的に従って、お母さまのために財産を管理する役割を担います。
信託契約の内容に自宅を売却する権限を定めておけば、将来、お母さま自身が売却のためにさまざまな手続きをすることが難しくなった場合でも、受託者である息子さんが契約に基づいて売却し、その資金をお母さまの生活のために活用できるように備えることができます。
今回のケースでは、管理したい主な財産が実家であり、「必要になったら売却して、母の生活費に充てたい」という目的も明確です。
そのため、家族信託は検討しやすい選択肢のひとつと考えられます。
ただし、家族信託は契約内容を自由に設計できる分、どの財産を信託するのか、誰を受託者にするのか、どのような場合に売却するのか、売却したお金をどのように管理するのかなどを慎重に決める必要があります。
また、ご本人の状況や財産の内容によっては、任意後見など別の仕組みを検討した方がよい場合もあります。
そのため、実際に家族信託を利用する際には、家族信託に詳しい司法書士などの専門家に相談し、それぞれのご家庭に合った仕組みを作ることが大切です。
これって誰に相談できるの?
今回、息子さんが最初に相談されたのは、
「家族信託をしたい」
ということではありませんでした。
「このままでは母のお金が足りなくなるかもしれない」
「実家を売ればお金は作れるけれど、母に難しい手続きをさせるのはかわいそう」
「自分が代わりに売ることはできないのだろうか」
というお悩みでした。
このように、「困っていることはあるけれど、誰に、何を相談すればよいのか分からない」ということは、高齢の親のお金を考える場面では少なくありません。
そんなとき、まずFPに相談していただくことで、
今後の施設費はいくらくらい必要なのか
年金と預貯金でどこまで賄えるのか
自宅を含めるとどのくらいの財産があるのか
本人と家族はその財産をどう使いたいのか
といったことをひとつずつ整理することができます。
そのうえで、法的な仕組みが必要であれば、司法書士など適切な専門家につなぐこともできます。
最初から「家族信託」「成年後見」といった制度の名前を知っている必要はありません。
「母のお金、このままで大丈夫だろうか」
「実家をどうしたらいいのだろう」
そんな漠然とした心配からでも、ぜひご相談ください。
親のお金と暮らしを考えるFP研究会より
親から「この家はあなたに残してあげたい」と言われると、その気持ちを大切にしたいと思う方は多いでしょう。
でも、親の財産は相続するためだけにあるものではありません。
何よりもまず、親自身がこれからの人生を安心して暮らすための財産です。
今回のお母さまにとっても、長年暮らしてきた自宅は大切な財産です。
だからこそ、「残すか、売るか」だけではなく、
「この財産を、お母さま自身のこれからの暮らしのためにどう活かすか」
という視点で考えてみてはいかがでしょうか。
そして大切なのは、本人が自分の希望を伝えられるうちに、家族で話し合っておくことです。
元気なうちであれば、選べる方法も増えます。
「まだ大丈夫だから何もしない」ではなく、「まだ大丈夫だからこそ、これからのことを話しておく」。
それが、親のお金と暮らしを守る第一歩になるのだと思います。
執筆:親のお金と暮らしを考えるFP研究会 代表 山中伸枝
事例提供:FP相談ねっと 三原由紀FP

