ご相談者様データ
(お名前)佐藤 美香さん(仮名)50代
(職業)会社員
(家族構成)夫と子ども
母親80代(別居)
相談しようと思ったきっかけ
「80代の母は、最近足腰が弱くなり、外出するときにはシルバーカーを押して歩いています。歩く速度も遅く、少しよろよろしているように見えるので、転んでケガをしないか心配です。
それだけではありません。先日、母と一緒に歩いていたとき、狭い歩道ですれ違う人を避けるのに苦労している様子を見ました。もし、シルバーカーが車にぶつかって傷をつけてしまったら? あるいは、子どもやほかの歩行者にぶつかってケガをさせてしまったら? 賠償金を請求されることもあるのではないかと不安になりました。
母には、できるだけ自分の足で歩き、元気に暮らしてほしいと思っています。でも、事故が心配だからといって、外出を控えるように言うのも違う気がします。
万が一の事故に備えて保険に入っておいた方がよいのでしょうか。また、事故を防ぐために、家族としてできることはないでしょうか」
歩き方の変化を「年のせい」と決めつけない
高齢の親が一人で外出することに不安を感じる子どもは少なくありません。特に、足腰が弱くなり、歩く姿が以前と変わってくると、転倒や交通事故など、さまざまな心配が出てくるものです。
しかし、心配だからといって、すぐに「一人で出かけないで」と伝えるのは考えものです。
まずは、身体の様子をよく観察してみましょう。
高齢になると、筋力やバランス能力が低下し、以前のように歩けなくなることがあります。しかし、歩く速度が遅くなったり、歩幅が狭くなったり、足が出にくくなったりする変化を、すべて年齢のせいと考えてしまうのは注意が必要です。
例えば、パーキンソン病では、動作がゆっくりになる、歩幅が小さくなる、歩き始めの一歩が出にくくなる、体のバランスが取りにくくなるといった症状がみられることがあります。もちろん、こうした症状があれば必ずパーキンソン病というわけではありませんが、ほかの病気や薬の影響などが関係している可能性もあります。
家族が「最近、歩き方が変わった」「以前よりふらつくようになった」と感じたら、年齢のせいと決めつけず、かかりつけ医に相談してみましょう。必要に応じて専門医の診察を受けることで、原因を調べ、治療やリハビリテーションなど適切な対応につなげられる可能性があります。
安全に外出するためには、道や移動手段を工夫するだけでなく、歩きにくくなった原因にも目を向けることが大切です。
外出を制限する前に、外出したい理由を確認する
病気の心配がないのであれば、ご本人の「出かけたい」という気持ちを尊重した上で対策を考えます。
高齢になっても、自分の意思で外出し、行きたい場所へ行くことは、生活の楽しみや気分転換につながります。外出する機会が減ることで、活動量が落ちたり、人と交流する機会が少なくなったりすることも考えられます。
まずは、お母さまがなぜ外出したいのかを聞いてみましょう。
例えば、気分転換のために散歩をしたいのであれば、車の通行が少なく、歩道が広い道や、段差の少ない公園などを一緒に探してみてはいかがでしょうか。休憩できるベンチやトイレの場所も確認しておけば、安心して出かけやすくなります。
買い物が目的なら、そもそもお母さま自身が毎回お店に行かなければならないのかを考えてみます。重い荷物を持って歩くことが負担になっているのであれば、食料品の配達やネットスーパーなどを利用する方法もあります。
一方で、買い物そのものが楽しみであれば、単に配達に切り替えればよいというものでもありません。混雑する時間帯を避ける、荷物が少なくなるように買い物の回数や量を調整するなど、お母さまの楽しみを残しながら安全性を高める工夫が考えられます。
また、友人に会いたい、趣味の集まりに参加したいなど、行きたい場所が決まっている場合には、別の移動手段が使えないかも検討してみましょう。
バス停までの道に坂や段差があるなら、乗り降りしやすい停留所を利用できないか。タクシーを使えば、歩く距離を短くできないか。家族が付き添える日を決めたり、介護保険サービスの訪問介護で外出時の同行を依頼できるか、ケアマネジャーに相談したりする方法もあります。
訪問介護で外出の付き添いが認められるかどうかは、外出の目的やサービスの利用条件などによって異なります。通院や日常生活に必要な外出など、目的によって利用できる支援が違うため、事前に確認しておきましょう。
大切なのは、外出をやめさせることではなく、お母さまが何をしたくて出かけるのかを理解し、その希望をかなえるための安全な方法を一緒に考えることです。
万が一の事故では、賠償責任が発生することもある
もちろん、外出の方法を工夫しても、事故の可能性をゼロにすることはできません。
例えば、シルバーカーが駐車中の車に接触して車体に傷をつけてしまった場合や、歩行中にほかの人とぶつかり、相手にケガをさせてしまった場合などです。
このような事故では、事故の状況や本人の過失などに応じて、法律上の損害賠償責任が発生することがあります。
賠償額が高額になる事例として知られているのが、自転車事故です。
日本損害保険協会が紹介する判例には、11歳の小学生が自転車で歩行中の女性と衝突し、女性に重大な後遺障害が残った事故があります。この事故では、神戸地方裁判所が2013年7月4日に、約9,521万円の賠償を命じました。
もちろん、これは自転車事故の判例であり、シルバーカーを押して歩く高齢者の事故に同じ金額が当てはまるわけではありません。しかし、相手に重大なケガをさせた場合には、賠償額が非常に大きくなる可能性があることは知っておきたい点です。
一方、車に傷をつけた場合も、修理費用などの負担が発生する可能性があります。事故の規模によって負担額は異なりますが、年金を主な収入として生活している高齢者にとって、思わぬ出費は家計に大きな影響を与えかねません。
身近なところでも、よろけた拍子にスーパーの棚を倒して食品をだめにしてしまったなど、賠償責任を問われてしまう可能性もあります。
だからこそ、事故の大小にかかわらず、防ぐための工夫とあわせて、万が一の経済的リスクに備えておくことも大切です。
個人賠償責任保険に加入しているか確認する
日常生活の中で、誤って他人にケガをさせたり、他人の物を壊したりして、法律上の損害賠償責任を負った場合に備える保険として、「個人賠償責任保険」があります。
個人賠償責任保険は、自動車保険や火災保険、傷害保険などに特約として付帯されていることが多く、契約によってはクレジットカードに付帯する保険などで備えられる場合もあります。
まず確認したいのは、お母さま自身が加入している保険です。自動車保険や火災保険などの保険証券、契約内容のお知らせを確認し、個人賠償責任に関する特約が付いていないかを調べてみましょう。
お母さまが一人で契約内容を確認するのが難しい場合は、本人の了承を得たうえで、家族が一緒に確認してもよいでしょう。
また、同居している親族の保険で補償される可能性もあります。個人賠償責任保険は、契約によって本人だけでなく、配偶者や同居の親族なども補償対象に含まれることがあるためです。ただし、家族であれば誰でも対象になるわけではありません。別居している親は補償対象に含まれない契約もあるため、被保険者の範囲を必ず確認してください。
すでに加入している保険で備えられれば、新たに保険に入る必要はないかもしれません。複数の保険に同じ補償が付いていると、補償が重複することもあるので注意しましょう。
もし、どの保険にも個人賠償責任の補償が付いていなければ、個人賠償責任保険に単独で加入できる商品がないか、保険会社や保険代理店に相談する方法もあります。
その際は、補償限度額だけでなく、シルバーカーを押して歩いているときの事故が補償対象になるか、示談交渉サービスが付いているか、保険の対象となる家族の範囲はどうなっているかなども確認しておくと安心です。
なお、個人賠償責任保険は、法律上の損害賠償責任を負った場合に備える保険です。事故が起きれば必ず保険金が支払われるわけではなく、具体的な事故の状況や契約内容によって判断されます。
親のお金と暮らしを考えるFP研究会より
高齢の親が一人で外出することに不安を感じたとき、家族としては、つい「危ないから出かけないでほしい」と考えてしまうかもしれません。
しかし、外出には、単に移動するという以上の意味があることもあります。自分で買い物をする、近所を散歩する、友人に会う。こうした日常の行動が、本人の楽しみや自立した暮らしを支えていることも少なくありません。
だからこそ、まずは親の気持ちを聞くことから始めてみましょう。
どこへ、何をするために出かけたいのか。それが分かれば、歩きやすい道を選ぶ、混雑する時間帯を避ける、配達や公共交通機関を利用する、誰かに付き添ってもらうなど、具体的な対策を考えやすくなります。
そして、どれだけ注意していても、事故の可能性を完全になくすことはできません。個人賠償責任保険などで経済的な備えをしておくことも、親の暮らしを支える大切な対策です。
高齢になった親の安全を守ることと、本人の希望を尊重することは、必ずしも相反するものではありません。
危険だからと外出を制限する前に、どうすれば安全に出かけられるのかを一緒に考えてみる。そんな家族の関わり方が、親の自立した暮らしを長く支えることにつながるのではないでしょうか。
執筆:親のお金と暮らしを考えるFP研究会 代表 山中伸枝
事例提供:FP相談ねっと 寺田紀代子

