ご相談者様データ
(お名前)田中 健一さん(仮名)50代
(職業)会社員
(家族構成)父80代・母(すでに他界)
※健一さんは、公共交通機関が不便な地域で一人暮らしをしている父のことを心配している。
相談しようと思ったきっかけ
母が亡くなってから、父は実家で一人暮らしを続けています。
父は80代になりましたが、これまでは身の回りのことも自分でこなし、買い物などにも出かけていました。
ただ、最近は高齢者による自動車事故のニュースを見るたびに、運転を続けることに不安を感じていたようです。そこで、車ではなく自転車で移動することも考えていたのですが、先日、その自転車で転倒し、足首を捻挫してしまいました。
幸い、大きなけがには至らず、少しずつ回復しているようです。しかし、今回のことがあって、私も父の今後の生活が心配になってきました。
実家は交通の便が悪く、近くに買い物ができる場所もありません。バスなどの公共交通機関も利用しにくいため、買い物ひとつするにも、自分で車や自転車を使う必要があります。
今は何とか生活できていますが、これから年齢を重ね、足腰が弱くなったらどうなるのでしょうか。
かといって、すぐに施設に入ってもらうのも違う気がします。父には、できるだけ自分らしい生活を続けてほしいと思っています。
今回の転倒をきっかけに、今後の住まいについて父と話し合った方がよいのでしょうか。
今回の転倒をきっかけに、これからの暮らしを考える
健一さんは、お父様の今後の生活を心配されているのですね。
80代になっても、自分のことは自分でできる。買い物にも自分で出かけられる。そうした生活を続けてきたお父様にとって、今回の転倒は、思いがけない出来事だったのではないでしょうか。
世間で高齢者の交通事故の問題が取り沙汰されていることも「自分事」として考え、自動車ではなく自転車での移動に切り替える決断もできるお父様ですから、さぞかし今回の件ご自身もショックだったのではないでしょうか?
幸い、大きなけがではなかったとのことですが、年齢を重ねると、ちょっとした転倒がその後の生活に大きく影響することもあります。
健一さんが心配されるのも無理はありません。
ここで考えたいのは、単に「自転車に乗るのをやめてもらう」ということではなく、お父様がこれからも安心して暮らしていくためには、どのような住まいと生活環境がよいのかということです。
起きてしまったことは悔やんでも悔やみきれませんが、今回の件を将来に向けたプラス要因にするための大切なきっかけになるよう考えていきましょう。
住み替えは、施設への入居だけではない
高齢の親の今後を考えるとき、施設への入居を思い浮かべる方も多いでしょう。
もちろん、介護が必要になったときなどには、施設で暮らすことも選択肢の一つです。
しかし、住み替えの選択肢は施設だけではありません。
例えば、今よりも交通の便がよい駅の近くに住み替える方法があります。
駅やスーパー、病院などが徒歩圏内にあれば、車や自転車に頼らなくても、日常生活を送りやすくなります。エレベーターのあるマンションなど、年齢を重ねても暮らしやすい住まいを探してみるのもよいでしょう。
また、健一さんが暮らす場所の近くに移ることも考えられます。
息子さんが通いやすい距離に住んでいれば、何かあったときに様子を見に行きやすくなります。日常的な買い物の手伝いや通院の付き添いなども、今より負担が少なくなるかもしれません。
もちろん、住み替えには費用がかかります。今の家をどうするのか、引っ越し先の家賃や購入費用をどのように負担するのかといった、お金の問題も考えなければなりません。
それでも、今すぐ施設に入るか、今の家に住み続けるかという二者択一ではなく、元気なうちに、これからの暮らしに合った住まいを探してみるという考え方があってもよいのではないでしょうか。
高齢になってからの住み替えには、情報収集も大切
ただし、高齢になってから賃貸住宅を探すのは、簡単ではないこともあります。家主側が、家賃の支払いや緊急時の対応、入居者の見守りなどに不安を感じ、入居審査が難しくなるケースもあるからです。
そんなときは、息子さんが連帯保証人になれるか、家賃債務保証会社を利用できるかなど、不動産会社に相談してみるのも一つの方法です。息子さんが近くに住んでいることや、緊急時に連絡が取れる体制があることも含め、入居に向けて相談できる場合があります。ただし、保証人がいれば必ず入居できるというわけではありません。
また、高齢者の住まい探しを支援する仕組みもあります。例えば、自治体が指定する「居住支援法人」では、住宅情報の提供や入居相談、家賃債務保証、見守りなどの支援を行っています。地域によって支援内容は異なるため、自治体の窓口などで確認してみましょう。
公的な住宅も選択肢の一つです。東京都の都営住宅には、一定の条件を満たす60歳以上の単身者などが申し込める住宅があります。ただし、都内に継続して3年以上居住していることや所得などの要件があり、募集状況によってはすぐに入居できるとは限りません。ほかの自治体にも高齢者向けの住宅制度が設けられている場合があります。
住み替えを考えるなら、民間の賃貸住宅だけでなく、公的な住宅や地域の支援制度も含めて情報を集めてみるとよいでしょう。
住み替えに向けて、お金の準備も考えておく
住み替えを考えるとき、気になるのはやはりお金のことではないでしょうか。引っ越し費用や新しい住まいの家賃を考えると、今の家で暮らし続ける方が経済的だと思うかもしれません。
けれども、少し長い目で考えると、違った見方もできます。
例えば、車を維持するには、ガソリン代や自動車保険料、税金、車検費用などがかかります。自転車も購入費や修理費、保険料などが必要です。また、事故を起こした場合には、けがや損害賠償のリスクもあります。
一方、駅やスーパー、病院などが近い場所に住めば、車や自転車に頼らずに生活できるかもしれません。交通費や家賃が増える可能性はありますが、移動にかかる費用や事故のリスクも含めて比較すると、住み替えによって負担を抑えられるケースも考えられます。
また、今の持ち家を売却し、その資金を新しい住まいの費用や今後の生活費に充てる方法もあります。
ただし、高齢になってから自宅の売却や住み替えの手続きを一人で進めるのは、負担が大きくなることもあります。さらに、認知症などで判断能力が低下すると、本人による売却手続きが難しくなる場合もあります。
将来、自宅を売却して住み替える可能性があるなら、本人が元気で判断できるうちに、家族で今後の希望を話し合っておくことが大切です。必要に応じて、家族信託などの制度について専門家に相談し、将来の財産管理や自宅の売却に備えておくことも選択肢の一つです。
住まいの問題は、暮らしやすさだけでなく、お金や財産の管理にもつながっています。今の生活にかかる費用と、これからの暮らしに必要なお金を整理しながら、無理のない選択肢を考えておきたいですね。
お父様の気持ちを尊重しながら話し合う
住み替えを考える際に気をつけたいのは、息子さんの心配だけで話を進めないことです。
お父様にとって、長年暮らしてきた家には、たくさんの思い出があるはずです。お母様と一緒に過ごしてきた場所でもあります。
住み慣れた家を離れることに、抵抗を感じるかもしれません。
また、今回の転倒で、お父様自身もショックを受けている可能性があります。これまで当たり前にできていたことが難しくなるかもしれないと感じ、自信を失っていることも考えられます。
そんなときに、息子さんから「もう自転車は危ないからやめた方がいい」「この家では暮らせないから引っ越そう」と言われたら、心配してくれていると分かっていても、素直に受け入れられないかもしれません。
まずは、今回の転倒について、お父様がどのように感じているのかを聞いてみてはいかがでしょうか。
「今回、転んで大変だったね。これから買い物はどうしようか」
そんな何気ない会話から始めてみるのです。
そして、「この先も安心して暮らすには、どんな場所がいいと思う?」と、お父様の希望を聞いてみましょう。
今の家に住み続けたいのか、もっと便利な場所に住んでみたいのか。息子さんの近くに住むことをどう感じているのか。
お父様の考えを聞くことで、これまで気づかなかった希望や不安が見えてくるかもしれません。
今の家に住み続ける場合の対策も考えておく
話し合いの結果、やはり今の家で暮らし続けたいということになるかもしれません。
その場合は、住み替えを無理に進めるのではなく、今の住まいで生活を続けるための方法を考えてみましょう。
例えば、食料品や日用品の宅配サービスを利用すれば、買い物に出かける回数を減らせます。地域によっては、移動販売や買い物支援サービスなどを利用できる場合もあります。
通院や外出についても、タクシーや地域の移動支援サービスなど、利用できる手段を調べておくと安心です。
また、今後、足腰の衰えなどが気になる場合には、地域包括支援センターに相談してみるのも一つの方法です。介護保険サービスの利用も含め、地域で受けられる支援について情報を得ることができます。
大切なのは、何かあってから慌てて考えるのではなく、元気なうちにいくつかの選択肢を持っておくことです。
今の家に住み続ける場合も、住み替える場合も、費用や日々の生活、家族の支援などを含めて考えておくと、いざというときに落ち着いて判断しやすくなります。
親のお金と暮らしを考えるFP研究会より
今回のご相談では、自転車での転倒をきっかけに、これからのお父様の住まいについて考えてみてはどうでしょうか、とお伝えしました。
親が高齢になると、子どもとしては心配なことが増えていきます。転倒や病気など、何かをきっかけに「このままで大丈夫だろうか」と不安になることもあるでしょう。
そんなとき、つい親の生活を変えることばかり考えてしまいがちです。
けれども、親には親の希望や、これまで築いてきた暮らしがあります。
大切なのは、子どもが一方的に今後の生活を決めるのではなく、親自身がどのように暮らしていきたいのかを聞き、一緒に考えていくことではないでしょうか。
住み替えを考えることは、必ずしも今の家を手放したり、施設への入居を決めたりすることではありません。
駅に近い場所に住む、子どもの近くに移る、今の家で暮らし続けるために支援を利用する。いくつかの選択肢を知ることで、親自身もこれからの暮らしを考えやすくなるはずです。
そして、住まいを考えることは、お金のことを考える機会にもなります。年金収入や預貯金、住居費、日々の生活費などを整理しておけば、どのような暮らし方が現実的なのかも見えてきます。
今回の転倒を、単なる不運な出来事として終わらせず、これからの暮らしを考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
親が安心して暮らせること。そして、子どもも無理なく支えられること。
その両方を大切にしながら、親子で少しずつ話し合っていけるとよいですね。
執筆:親のお金と暮らしを考えるFP研究会 代表 山中伸枝
事例提供:FP相談ねっと 山中伸枝FP

