ご相談者様データ
(お名前)田中 健一さん(仮名)50代
(職業)会社員
(家族構成)妻 50代
母 80代(父は他界)
相談しようと思ったきっかけ
父が亡くなってから、母は遺族年金を受け取りながら一人暮らしをしています。
母は「遺族年金で何とか暮らしていけるから心配しないで」と言っていますが、実は父が残した賃貸不動産からの家賃収入もありますし、株式や投資信託などの配当金も受け取っています。
父は生前から資産運用をしていたため、母は思いのほか経済的にゆとりのある生活を送っています。
ところが先日、新聞で「金融所得も社会保険料に反映されるようになる」という記事を読みました。2029年8月から始まると聞き、母のように株の配当を受け取っている高齢者も対象になるのではないかと心配になりました。
母はこれまで、株の配当金などは証券会社で税金を差し引かれているので、特に確定申告はしていません。
今後、母の医療費や介護保険料などに影響するのでしょうか。また、今のうちに何か対策を考えておいた方がよいのでしょうか。
収入には社会保険料や税金がかかるもの、かからないものがある
まず、収入には税金や社会保険料の計算に含まれるものと、含まれないものがあることを整理しておきましょう。
例えば、お母さまが受け取っている遺族年金は非課税です。所得税や住民税がかからないだけでなく、社会保険料の計算上も所得には含まれません。
一方、老齢年金は原則として課税対象となる所得です。公的年金等控除などを差し引いて所得を計算し、税金や社会保険料の算定に反映されます。
また、お父さまが残した賃貸不動産からの家賃収入については、家賃の総額そのものではなく、固定資産税や修繕費、減価償却費などの必要経費を差し引いた不動産所得が、税金や社会保険料の計算に反映されます。
では、株式の配当金や売却益はどうでしょうか。
上場株式の配当金や売却益については、証券会社の特定口座(源泉徴収あり)を利用している場合、原則として証券会社が税金を差し引いてくれるため、確定申告をしないことを選択できます。
この場合、税金の支払いは済んでいますが、これまで後期高齢者医療制度の保険料や窓口負担割合を決める際には、原則として所得に含まれていませんでした。
つまり、同じように株式の配当を受け取っていても、確定申告をした人は所得として反映され、申告しなかった人は反映されないという違いがあったのです。
2029年8月から金融所得も後期高齢者医療制度に反映される
今回の制度改正の背景には、こうした不公平を是正しようという考え方があります。
上場株式の配当金や売却益は、確定申告をするかどうかによって、後期高齢者医療制度の保険料や窓口負担割合に差が生じていました。
例えば、年金収入などが同じであっても、株式の配当金を確定申告した人は保険料が高くなったり、医療機関の窓口負担が2割になったりする一方、申告しなかった人は1割負担のままということがありました。
そこで、確定申告の有無にかかわらず、一定の金融所得を把握し、後期高齢者医療制度の保険料や窓口負担割合に反映させることになりました。
制度は2029年8月から段階的に始まり、当初は年単位で提出される金融所得の情報を中心に反映し、2030年8月からは月単位で提出されるものも含めて全面的に反映する予定です。
対象となるのは、上場株式の配当や譲渡益など、金融機関から提出される法定調書によって把握される金融所得です。NISA口座で得た利益は非課税のため対象外です。
これまで特定口座(源泉徴収あり)で保有していた株式や投資信託の配当金、売却益についても、今後は後期高齢者医療制度の保険料や窓口負担割合に影響する可能性があるということです。
医療費や介護費用にも影響するの?
お母さまのように80代であれば、後期高齢者医療制度に加入しています。
金融所得が反映されることで、所得区分が変われば、医療機関での窓口負担割合が1割から2割、あるいは2割から3割になる可能性があります。また、後期高齢者医療制度の保険料も所得に応じて変わります。
高額療養費制度についても、自己負担限度額は所得区分によって異なるため、所得の判定方法や区分への影響を確認しておくことが大切です。
さらに、気になるのが介護保険です。
実は介護保険についても、確定申告をしなかった金融所得を保険料や利用者負担割合に反映させるべきではないかという議論が進んでいます。
2026年10月時点では、後期高齢者医療制度とは別に、介護保険制度においても金融所得を反映させることについて、今後の導入を視野に検討が続けられています。
したがって、今回の2029年8月の改正によって、直ちに介護保険料や介護サービスの自己負担割合まで変わるわけではありませんが、今後の制度改正にも注意が必要です。
今からできる対策を考えておく
では、お母さまのように株式や投資信託を保有している場合、どのような対策が考えられるでしょうか。
一つは、NISAの活用です。
NISA口座で得られる配当金や売却益は非課税であり、今回の金融所得の反映対象にもなりません。
2026年現在、NISAには年間360万円の投資枠があり、そのうち成長投資枠は年間240万円です。生涯の非課税保有限度額は1,800万円で、成長投資枠はそのうち1,200万円まで利用できます。
ただし、現在特定口座で保有している株式や投資信託を、そのままNISA口座に移すことはできません。いったん売却し、NISA口座で買い直す必要があります。
そのため、すべての資産を一度に移そうとするのではなく、今後も長く保有したいもの、配当収入を期待したいものなどを選び、年間の投資枠を使いながら計画的に入れ替えていく方法が考えられます。
また、今後あまり保有する必要がないと考える株式などは、売却することも選択肢です。ただし、売却益が生じる場合には、税金や今後の所得判定への影響も考慮しなければなりません。
大切なのは、社会保険料を抑えることだけを目的にするのではなく、お母さまがこれからの生活で必要とするお金を確保しながら、資産全体をどう管理していくかという視点です。
親のお金と暮らしを考えるFP研究会より
今回のような制度改正があると、どうしても保険料や医療費の負担を抑えることに意識が向きがちです。
けれども、お母さまは80代です。これから医療や介護にお金が必要になる可能性もありますし、賃貸不動産についても、修繕や管理、将来の売却などを考えておかなければなりません。
株式や投資信託についても、単に配当利回りが高いから保有するというのではなく、今後の生活費や医療・介護費用に備える資金として、どの程度のリスクを取ってよいのかを考える必要があります。
また、NISAへの買い替えや売却を検討する際には、税金だけでなく、社会保険料や医療費の負担、将来の相続まで含めて考えることが大切です。
お母さま自身が元気なうちに、どのような資産を持っているのか、収入や支出はどのくらいなのかを息子さんも一緒に確認しておくとよいでしょう。
制度改正をきっかけに、親の資産をどう守り、これからの暮らしにどう役立てていくのか、家族で話し合ってみてはいかがでしょうか。
執筆:親のお金と暮らしを考えるFP研究会 代表 山中伸枝
事例提供:FP相談ねっと 山中伸枝FP

