ファイナンシャルプランナー野原 亮

2020年 02月 22日

【 教えない教育 】押しつけられた「金融リテラシー」からの解放

こんにちは、品川(高輪ゲートウェイ)のFP相談ねっと認定FP、野原です。
今日は朝8時台に大事な案件が2本あるので早く目覚めてしまい、コラム書いてます。

 

始めにお断りしますね。

今回は、「今の僕はもはや開業当時の自分ではない」と感じるようになったこともあって、
きっとわけわからない内容でお伝えしますので「FPっぽくないコラム」にご興味ないかたはスルーしてくださいね。

 

人生において「不惑」が意味するもの

最近、ようやく「不惑(40歳)」の意味を実感してきています。

 

例えばこちらの記事。
不惑って「迷うことナシ」みたいなイメージだと思いますが、別の意味もあるようです。

「不惑」が40の年を指す理由って?詳しい意味・由来にあたる論語を解説!

孔子が残した言葉は「不惑」ではなく「不或」(ふいき)だと考える人もいます。
『論語』が書かれた当時、「不惑」の「惑」という字は存在せず、「不或」の「或」という字が使われていたためというのが、その根拠となっています。
「或」には、「区切りをつける」「枠を設ける」という意味があります。
そのため、「不或」の意味は、「自分の能力をここまでと決めず、さらに高みを目指して精進しよう」となります。

 

枠を広げる

結局、僕らが普段考えてることって、「自分」というとても狭い世界の中だけの話ですよね。
だからこそ僕は、プライベートも仕事も「異業種との関わり」をとても貴重な体験と思っています。

異業種とも関わることで、新たな世界が開けてきます。

 

成果の差は思考の差

僕のメンターのお一人がこんなことを言っていました。

成果の差」って何によってもたらされるんでしょうね?
 
コンテンツ?
ノウハウ?
モチベーション?
キャラクター?
あり方?
などなど。
 
どれも大切なことだと思うし、それらを教えてくれる人も実際に沢山いるわけですよ。

でも、
成果に差がつく。
 
なぜか???
 
同じコンテンツを与えて、
同じようにやる気にさせて、
同じように体験させたとしても、
成果に差がつくのはなぜなのか?
 
で、
これって、とても興味深くて、
 
成果が出る人はいつも出るし、
成果が出ない人はいつまでも出ない。
 
でも、
これって能力の差でもないんですよ。
 
才能豊であるにもかかわらず伸び悩む人を見てきたし、
逆に、
地味で要領も悪いのに事業を成長させている人も見てきたわけですよ。
 
その差って、その人たちの「思考の枠組み」によるものかもしれないね、ってことなんです。
 
同じコンテンツを与えて、
同じようにやる気にさせて、
同じように体験させたとしても、
 
それら外側から注入される刺激は、
全てその人の「思考の枠組み」を経由して、
その人独自の意味付けがなされ、解釈される。
ってことですよ。
 
だから、
各自が持つ「思考の枠組み」によって見える世界が違っちゃうんです。
 
つまり、
成果が出る人って成果が出る「思考の枠組み」を持ってるんです。
 
逆に成果が出ない人は、
成果が出ない「思考の枠組み」を持ってるんです。
 
だから、
自分の「思考の枠組み」に気づく必要があるんです。
 
ところが、
多くの人は、この「思考の枠組み」に無自覚でいるってことです。
 
普通は、気づきません。
特に、同質性が高い集団にいたらまず気づけません。
 
海の魚に海水を意識させるようなものです。
気づいている人は、かなり意識が高い人です。
 
1人静かに瞑想したり、
毎日日記を書いて日々内省していたり。
 
「思考の枠組み」を自覚するってそのくらい意識的な行動が必要なんです。
 
だけど、もう1つ気づき方があるんですよ。
 
それが、「異なる価値観に触れる」ってことです。
 
簡単に言えば、海の魚は釣り上げられて初めて、
自分は海水の中にいたって気づくわけですよ。
 
僕らで言えば、多様な人との交流によって、
自分の「思考の枠組み」に気づけるんです。
 
そこで、
個性あるコミュニティを融合させてみたら、
各自が「思考の枠組み」に気づけるかもしれないよね。
 
ってことなら、大実験してみようよ!

これが今の僕にはとても響いています。

 

まだ何も始まってなかったという実感

何が言いたいかというと、
今までの僕は「始まってないことだけはわかっている」という状態でした。

始まってないというのは、なんかいま仕事している、ちゃんと生きている、というような実感があまりなかったわけです。

 

何かを得たときに始まる人生もあるし、何かを失ったときに始まる人生もあると思いますが、
始まってないことだけは実感していました。

それが昨年後半あたりからだいぶ変化してきました。

 

やっぱりね、卵は内側から破られた時にだけ命になるんですよね。
生きてる卵って、外側から破っちゃうと死んじゃうけど、内側から破られたときにだけ、命となって生まれてきますよね。

やっぱり僕らもそうなんですよ。

 

つみたてNISAやiDeCoとかの優遇制度を使って、国がいくら「金融リテラシー」を高めようとしたって無理です。
年金不安を煽ったって無理です。

教えてあげる、教わるという関係性のなかで、先生が生徒に「教える」というスタイルじゃ、やっぱり本質的には何も変わらない。

 

そもそも、ちょっと前はヨシとされてきたことを平気で覆してきたのが官僚組織の歴史です。
そんなのにつきあってたら、こっちのペースも狂っちゃいますよね。

 

それでも、国や官僚にもちょっとは期待してるんです。

僕らのように、ベトナム戦争後のスターウォーズやガンダム世代の人たちがこれから組織内で飛躍していく時代ですよね。
新たな価値観を持った人たちを中心に、何かが変わるんじゃないかっていう予感だけはしてるんです。

 

お金を学ぶことで歴史を学ぶ

最近ようやく僕の頭が整理されてきてるんですけど、
「お金の勉強」って、僕のなかでは要は「歴史の勉強」なんですよね。

もちろん、生きる知恵とかスキルということでもあるんですけど、
金融リテラシーとか、そんなもの必要?リテラシーってなんだよ、横文字にすんな!とか思わなくもないです。

 

だからね、いたってフツーな歴史の勉強なんですよ。

 

 

 

 

 

学校教育だと「家庭科」らしいですけど、
この立ち位置の違い、面白いですよね。

 

 

資産運用の基礎知識だったら、1971年のニクソン・ショック以降の「現代史」ということになるかもしれないし、
資本主義とか株式のルーツなら、もしかしたら17世紀の東インド会社からの「世界史」なのかもしれません。

過去から現在までの変化をベースに、現在から未来を見据えて、金融業界と接しています。

 

歴史は繰り返さないが韻を踏む」ということで、歴史的観点からみたら、
今はまさに未来の過去」なわけです。

だから、お金の知識が無いよりあったほうが良いのは当然ですし、
別に興味なければそれはそれで良いんです。

でも、いつか面白いと思える日がくるはずと、僕は思っています。

 

そんな感覚で日々接しています。

 

しばらく需給バランス崩します

タイトルと結論が全くかみ合ってませんが、、、しばらく行動量を増やします。
ガシガシ動いて、安価で供給しようと思います。

僕の価値観をあなたなりの思考の枠組みを通してヨシとしてくれる経営者や人事担当者、士業、営業マンの方々の元へ、
業界相場よりもお安いお値段で参上できると思います。

 

で、ほんとに忙しくなっちゃったら価格上げちゃうかもですので、
僕に依頼していただけるかたは、いまがチャンスかもしれません(笑)

 

 

 

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