ご相談者様データ
(お名前)佐藤美和さん(仮名)50代
(職業)パート
(家族構成)夫と子ども
父親80代、母親80代(別居)
妹(別居)
相談しようと思ったきっかけ
80代の父が、最近物忘れが目立つようになり、病院で検査を受けたところ、MCI(軽度認知障害)と診断されました。
認知症ではないものの、今後認知症に進む可能性もあると聞き、心配しています。
母も80代です。父の診断を聞いてかなりショックを受けているようで、私がしっかりしなくてはと思っています。
ただ、正直なところ、これから父がどうなっていくのか、母は父を支えていけるのか、私自身も不安でいっぱいです。
妹もいるのですが、昔からちゃっかりしているところがあり、「お姉ちゃん、お願いね」と、あまり関わろうとしません。私も妹と同じように家庭があり、自分の生活もあります。どうして私ばかり、というモヤモヤした気持ちがないわけではありません。
それでも、長女として親のサポートは頑張ろうと思っています。
最近、任意後見という制度があることを知りました。父のために、今のうちに任意後見契約を結んでおいた方がよいのでしょうか。
MCIは認知症ではないけれど、今からできる備えを始めましょう
お父様がMCIと診断されたとのこと、ご本人もご家族も驚かれたことでしょう。
MCIとは、Mild Cognitive Impairmentの略で、日本語では「軽度認知障害」といいます。
簡単にいうと、記憶力や判断力などの認知機能に低下が見られるものの、日常生活を送るうえでは、まだ大きな支障が出ていない状態です。
認知症と診断される段階ではありませんが、健康な状態とも異なります。
MCIと診断されたからといって、必ず認知症に進行するわけではありません。状態が維持されたり、改善したりする人もいます。一方で、認知症へと進行する人もいるため、定期的に医療機関で経過を確認することが大切です。
まずは、お父様が必要以上に不安にならないよう、家族も一緒に病気について理解していきましょう。
また、医師の指導のもと、適度な運動やバランスのよい食事、社会とのつながりを保つことなど、日々の生活を見直すことも大切です。
そして、もう一つ考えておきたいのが、将来への備えです。
今は自分でできている預貯金の管理や契約、各種手続きなども、認知機能が低下すると難しくなる可能性があります。
例えば、銀行での手続きや不動産の売却、介護施設への入居契約など、本人の判断能力が必要となる場面は少なくありません。
いざというときに家族が困らないよう、本人が自分の意思を伝えられる今のうちから、準備を始めておくことをおすすめします。
任意後見制度とは?元気なうちに将来の支援者を決めておく制度
そこで選択肢の一つとなるのが、任意後見制度です。
任意後見制度とは、将来、自分の判断能力が不十分になったときに備えて、あらかじめ自分で信頼できる人を選び、財産管理や生活に関する手続きなどを任せる契約を結んでおく制度です。
例えば、娘さんを任意後見人に選び、次のようなことをお願いすると決めておくことができます。
・預貯金の管理や必要な支払い
・年金や各種給付に関する手続き
・介護サービスの利用契約
・介護施設への入居契約
・医療や福祉サービスに関する契約
ただし、任意後見人ができることは、契約で定めた代理権の範囲内です。また、医療行為そのものへの同意など、任意後見人が代わりに決められないこともあります。
任意後見契約は、本人に十分な判断能力があるうちに、公証役場で公正証書を作成して結びます。公正証書の作り方は公証役場で相談にのってもらうこともできますし、専門家に依頼することもできます。
大切なのは、本人自身が制度の内容を理解し、誰に何を任せたいのか、自分の意思で決めることです。
任意後見契約は、いつから効力が生じるの?
任意後見契約を結んだからといって、すぐに任意後見人の仕事が始まるわけではありません。
契約を結んだ後は、本人の判断能力が十分に保たれている間、任意後見受任者は、将来に備えて見守る立場となります。
その後、認知症などによって本人の判断能力が低下し、契約に基づく支援が必要になった段階で、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てます。
家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると、任意後見契約の効力が生じ、任意後見人としての活動が始まります。
任意後見監督人は、任意後見人が契約どおり適切に仕事をしているかを確認する役割を担います。
つまり、本人が元気なうちに将来の支援者と支援内容を決めておき、必要になったときに正式に支援をスタートできる仕組みです。
任意後見契約をお守りにして、今から親の暮らしとお金を整理しておく
今回のように、お父様がMCIと診断された段階であれば、任意後見契約を検討することは一つの方法です。
ただし、MCIと診断されたからといって、直ちに任意後見契約を結ばなければならないわけではありません。契約の内容を理解し、自分の意思で決められることが前提となります。まずは、お父様自身が今後どのような生活を望んでいるのか、誰に何を託したいのかを聞いてみることから始めましょう。
また、任意後見契約を結ぶかどうかにかかわらず、今のうちに親のお金と暮らしの状況を整理しておくことは大切です。
例えば、次のようなことを確認しておくとよいでしょう。
・預貯金や証券、不動産などの財産状況
・年金収入や毎月の生活費
・加入している保険や借入金の有無
・銀行口座や公共料金などの引き落とし状況
・かかりつけ医や服薬状況
・介護や医療についての本人の希望
こうした情報を家族で共有しておけば、いざというときに慌てずに済みます。
任意後見契約は、将来への備えとして心強い制度ですが、契約を結んだだけですべての問題が解決するわけではありません。日常的な見守りや財産状況の把握、必要に応じた医療・介護の支援なども並行して考えておきましょう。
親のサポートは、長女ひとりが背負うものではありません
もう一つ、今回の相談で気になるのは、相談者が「長女だから自分が頑張らなくては」と思っていることです。
妹さんに対して、なんとなくモヤモヤする気持ちがあるのも自然なことだと思います。
ただ、親のサポートは長女だからといって、すべてを引き受けなければならないものではありません。
妹さんにも家庭や生活があるように、相談者にも守るべき日常があります。だからこそ、早い段階で妹さんとも話し合い、できることを分担しておきたいものです。
例えば、病院への付き添いは相談者、日常的な見守りや買い物は妹さん、財産状況の確認は姉妹で一緒に行うなど、役割を分けることもできます。
また、任意後見人を誰にするかについても、必ずしも長女が引き受ける必要はありません。親が信頼できる人を選ぶことが基本です。親族が担うのが難しければ、専門職など第三者に依頼する方法もあります。
お母様もお父様の診断にショックを受けているとのことですが、お母様自身も80代です。お母様がこれから先、どのような暮らしを望んでいるのか、どんな支援が必要になりそうかも一緒に考えていく必要があります。
親の老後を考えることは、実は自分自身の老後を考えることでもあります。
親が元気なうちに家族で話し合い、必要な準備をしておくことは、親のためだけでなく、子ども世代が将来困らないためにも大切なことです。
ひとりで抱え込まず、家族や専門家の力も借りながら、少しずつ備えていきましょう。
親のお金と暮らしを考えるFP研究会より
認知症への不安を抱える方は少なくありません。高齢化が進むなか、認知症になっても本人の意思や権利を守り、安心して暮らし続けられるよう、成年後見制度をはじめとする法制度の見直しや整備も進められています。
しかし、どれだけ制度が整っていても、知らなければ利用することはできません。また、制度にはそれぞれ特徴があり、本人の判断能力や財産状況、家族関係によって適した備えも異なります。
大切なのは、認知症になってから慌てるのではなく、本人の意思を確認できるうちに、これからの暮らしやお金について考えておくことです。
任意後見制度を利用するべきか、財産管理をどうするか、家族で何を話し合っておくべきか。こうしたことは、FPに相談することで、家計や資産の状況も踏まえながら整理できます。
親の老後を考えることは、自分自身の老後を考えることでもあります。ひとりで抱え込まず、ぜひFPなどの専門家も頼りながら、家族のこれからを考えるきっかけにしていただきたいと思います。
執筆:親のお金と暮らしを考えるFP研究会 代表 山中伸枝
事例提供:FP相談ねっと 内田英子FP

