ご相談者様データ
(お名前)鎌田 恵子さん(仮名)50代
(職業)会社員
(家族構成)父80代・母80代・兄(別居)
相談しようと思ったきっかけ
80代の父が突然脳梗塞を起こし、救急車で病院に搬送されました。一時は命の危険もあると告げられ、家族は大きなショックを受けました。幸い一命は取り留めたものの、なかなか意識が戻らず、身体の筋力もかなり落ちてしまいました。
その後、医師から栄養を確保するために胃瘻(いろう)を造設することを勧められました。家族で相談しましたが、父の意識が戻るかどうかも分からない状況で、少しでも回復の可能性があるならと、胃瘻を造設することに同意しました。
実は父は以前から「自分は食べることが楽しみだから、口から食事ができなくなったら生きていても仕方がない」と話していました。そんな父の言葉を知っていたにもかかわらず、胃瘻を選択してしまったことが、今でも心に引っかかっています。
その後、父は少しずつ回復し、現在は口から柔らかい食事を取れるまでになりました。家族としては本当によかったと思っていますが、もしまた同じようなことが起きたら、今度はどのような判断をすればよいのでしょうか。
胃瘻イコール延命処置ではない
今回の経験は、ご家族にとって非常につらく、判断に迷う出来事だったと思います。
お父様が以前から「食べることが楽しみだから、口から食事ができなくなったら生きていても仕方がない」と話していたことを知っていれば、胃瘻を造設するという判断に迷いが生じるのも無理はありません。
ただ、胃瘻を造設することが、必ずしも人生の最終段階における延命を意味するわけではありません。脳梗塞などで一時的に口から十分な栄養を取れなくなった場合、栄養状態を改善し、体力や嚥下機能の回復を目指すために胃瘻を利用することもあります。
今回も、その後お父様が回復し、再び口から食事を楽しめるようになったことを考えると、当時の選択を単純に間違いだったと考える必要はないのではないでしょうか。
一方で、今回の出来事をきっかけに、これからのお父様の医療や暮らしについて、家族で話し合う機会を持っていただきたいと思います。
ACP(人生会議)の大切さ
そこで知っておきたいのが「人生会議」です。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の愛称で、将来の医療やケアについて、本人が大切にしていることや希望を、家族や医療・介護関係者と前もって話し合い、共有しておく取り組みです。
そもそも、なぜこうした話し合いが必要になったのでしょうか。
背景には、医療技術の進歩があります。人工呼吸器や人工栄養などの医療技術によって、以前なら命をつなぐことが難しかった状態でも、生命を維持できるようになりました。一方で、本人が意思を伝えられない場合、どのような医療を受けるのか、家族や医療関係者が判断しなければならない場面も増えてきました。
また、医療技術によって命を救える可能性が広がったからこそ、単に命を維持することだけでなく、本人がどのような状態で、どのように生きたいのかを尊重することが重要になってきたのです。
こうした背景から、本人の意思を尊重する医療のあり方が議論され、現在では人生の最終段階に限らず、本人の価値観や希望を日頃から家族や医療・介護関係者と共有しておくACPの考え方が広がっています。
これからを生きるために必要なこと
人生会議というと、延命治療を希望するか、しないかを決めるものと思われがちですが、それだけではありません。むしろ、これからどのように生きたいのか、自分にとって何が大切なのかを考えることが出発点です。
例えば、次のようなことを話題にしてみるとよいでしょう。
・これからも大切にしたい暮らしや楽しみは何か
・病気になっても、できるだけ自宅で過ごしたいのか
・食事ができなくなった場合、どのような支援や治療を望むのか
・自分の意思を伝えられなくなったとき、誰に自分の気持ちを伝えてほしいか
ここで大切なのは、一度話し合ったら終わりではないということです。人の気持ちは、年齢や健康状態、生活環境によって変わることがあります。以前は望まないと思っていた治療でも、実際に病気になれば考えが変わることもあります。話し合いを重ね、その時々の本人の気持ちを確認していくことが大切です。
また、話し合いの際には、できるだけ家族が一緒に医師の説明を聞くことをお勧めします。医療の専門的な話は、一人で聞いても理解しきれないことがあります。複数の家族が一緒に説明を受ければ、それぞれの理解を確認できますし、後から認識の違いが生じることも防ぎやすくなります。分からないことは遠慮せずに質問し、治療によって期待できることや、回復の見込み、ほかの選択肢についても確認しておきましょう。
そして、話し合った内容は記録に残しておきましょう。エンディングノートなどを活用してもよいですし、日付とともに簡単なメモを残すだけでも構いません。家族や医療・介護関係者と共有し、本人の気持ちが変われば、その都度書き直していけばよいのです。
今回のように、緊急時には救命を優先したいという気持ちと、本人が望まない延命は避けたいという思いがぶつかることがあります。救命と延命は、必ずしも明確に分けられるものではなく、家族にとって判断が難しい場面も少なくありません。
だからこそ、単に「延命治療を希望するか、しないか」という二択で考えるのではなく、「自分はどのように生きたいのか」「何を大切にして過ごしたいのか」という対話を続けることが大切なのではないでしょうか。
親のお金と暮らしを考えるFP研究会より
親の病気や介護は、ある日突然始まることがあります。今回のように、本人が意思を伝えられない状況になってから、家族が医療について判断を求められることもあります。
そんなとき、家族が頼りにできるのは、本人が元気なときに話してくれた言葉や、日頃の暮らしの中で大切にしていた価値観です。
ただし、何気ない会話の中で出た「こんな状態になったら生きていても仕方がない」という言葉だけで、具体的な医療の選択まで決められるわけではありません。本人がどのような状態を想定して話していたのか、どのような暮らしを望んでいるのか、もう一歩踏み込んで聞いておくことが大切です。
人生会議は、死に方を決めるための会議ではありません。これからの人生をどう生きたいかを考え、大切な人と共有するためのものです。
今回の出来事を、家族でより深く話し合うきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
高齢者の暮らしを守るのは、思いやりです。その思いやりは、本人の気持ちを知ろうとすることから始まるのだと思います。
執筆:親のお金と暮らしを考えるFP研究会 代表 山中伸枝
事例提供:FP相談ねっと 内田英子FP

